皆さんにも、若い頃に聴いて、忘れられずにそのままずっと心の中にしまってある大切な歌ってありますよね。折に触れ思い出しては口ずさんだりして。例えば人生の中でふと立ち止まってしまった時、どうしようもない孤独感に包まれてしまった時、その歌は古い親友のようにいつもそばにいて私を励ましてくれます。私が手に入れた数少ない宝物のひとつと言っても良いかも知れない。そんな歌があるだけでも幸せな事ですね。その曲は1970年代の中頃、深夜放送のラジオから流れてきた、朝野葉子さんの「ひとり」と言う歌です。まだ10代だった私はその曲の歌詞に憧れました。その曲はいつも光となり私の行き先を照らしてくれた。だけど、その曲はレコード化される事は無く、朝野さんの消息も月日の流れの中で分からなくなってしまいました。
さて、話題は変わりますが、2019年04月12日、我らが音友会主催の「第1回元住吉ミュージック・フェスティバル」が大成功のうちに幕を閉じました。開催に関わった皆さま、お疲れ様でした。そして素敵な音楽祭をありがとうございました。私はお店(花屋をやってます)を閉めてから駆け付けて、最後の星乃けいさんのステージを堪能する事ができました。本当に素晴らしかった。言葉も出ない程感動してしまったのですが、少しリポートさせていただきますね。リー・モーガンのような中学生のトランぺッターHal君のオープニングアクトの後、いよいよ星乃けいさんの登場です。1曲目、ラテンナンバー“Quando Quando Quando”を明るく歌い上げて、早速観客の心を掴んでしまいました。おしゃべりも楽しく、2曲目はスタンダードの“You’d be so nice to come home to”をしっとりと歌い、3曲目はカーペンターズの“I Need To Be In Love”。これも良かったですね。ジャズとは少し違うナチュラルな印象で悩む女性心を歌っていました。次は私の大好きな曲“Fry Me To The Moon”でスイングしまくって最後はノリノリの“Take The A Train”で盛り上がりました。少しスモーキーな歌声は時に優しく、時にパンチが効いていて、聴いていると心の中の何かを呼び覚まされるようでした。星乃けいさんの中には泉のようなものがあって、人を感動させるパワーがどんどん湧き出ているような気がしました。本物のボーカリストって凄いですね。
ここで話はグルっと戻るのですが、お気付きの方もいると思いますが、そうなんです。星乃けいさんはなんと朝野葉子さん、その人だったのです。ジャズを歌うにあたり芸名を“星乃けい”にされたようです。45年後に憧れの方と逢えるなんて、私に降りかかった、まるでお伽噺のような出来事でした。生きていると嬉しい事ってありますよね。少しお話をできたのですが、優しい人柄が溢れ出るような素敵な方でした。
早速アルバムを入手したのでご紹介しますね。1枚目は「NEARNESS OF YOU」。アップテンポからバラードまでのスタンダードを自由自在、余裕綽々に歌っています。メリハリの効いた“Day By Day”、微妙なニュアンスが美しい“Speak Low”、展開がカッコ良い“Nica’s Dream”など、全曲素晴らしいです。2枚目は「In A Sentimental Mood」。より一層深みを増したボーカルで、バラードの曲が印象的です。特にオリジナルの“The Moon And The Star”は必聴!映画のラストシーンか何かで流して欲しい。“A Time For Love”はカサカサになった心を優しく撫でてくれるようです。岩浪洋三さんのライナーノーツも読みごたえがありますよ。また、西郡よう子(本名)名義で歌謡曲からJポップのカバーアルバムも配信されていて、オフィシャルホームページで視聴できます。荒井由実の“雨のステイション“も声の雰囲気が合っていて素晴らしいのですが、オリジナルの“冷めた月“(作詞・作曲本人)が一番のお気に入りです。底無しの包容力で包み込んでくれるような歌です。是非聴いてみて下さい。
星乃けいさんの素晴らしさは伝わりましたでしょうか?優れたボーカリストは歌が上手いだけではなく、何か人の心を動かすものがあるんですね。改めてそう感じるステージとアルバムでした。これからのより一層のご活躍を期待ししつつ、応援していきたいと思います。
※この記事は「4ビートに首ったけ-連載NO.30 地元マスターのジャズ談義」BIANCA店主 長谷部 徹さんの掲載です。(Mマガジン2019年06月号)