連載・ジャズの散歩道 by 瑠居剛史 〜連載5

■連載5.史上初のジャズ・レコードと録音方式

ジャズ評論家ブライアン・プリーストリーは自著「ジャズ・レコード全歴史」で、“ジャズ・レコードはミュージシャンとプロデューサーの共同作業で制作される。故に、創造性豊かなミュージシャンでも、すぐれたプロデューサーに出会えなければ大衆から評価されることはない。気紛れな即興音楽を理想的な形で残すための労力を考えれば、《ジャズ・レコードの歴史》が《ジャズの歴史》とはまったく別ものであることがわかるはずだ”と述べています。
成程とうなずけるのは、すぐれた作品を生んでいるのは独立レーベルに多く、それはミュージシャンの想像力を充分に発揮させるすべ術を心得ているオーナー自身がプロデューサーというケースからだと思います。
勿論メイジャー・レーベルにもよい作品は沢山ありますが、それはやはりすぐれたプロデューサーを起用した結果と云えるでしょう。

■史上初のジャズ・レコード
odbj21917年(大正6年)1月30日にニューヨークにて、オリジナル・デキシーランド・ジャズ・バンド(略  称:ODJB ニューオーリンズ出身5人編成の白人バンド)がコロムビアに吹込んだものとされていますが、実際は1月より何か月も後の吹込みという説や、録音技師の腕が心もとなく、発売を延ばしていたとも云われています。ちなみにビクターへの吹込みは1917年2月26日で、吹込みからわずか7日後に最初のSP盤を1枚75セントで発売されました。

LP ジャケ写2
SP Victor2
■機械録音(アコースティック・レコーディング):ホーン→ 振動版→ 針先

大きなホーンで集めた音を振動版まで誘導して録音盤に針で音を刻み込む方法で、刻み込まれた<音>の再現は、針先で溝をたどって、振動版のわずかな振幅をホーンで増幅する。
昔の蓄音機は、振動版と針のついたサウンドボックスから、末広がりの管が伸びて、その先端に朝顔のようなホーンが開いていました。

機械録音スタジオ2hotfive2SP Okeh盤2

 

■電気録音:マイクロフォン→ 増幅器→ カッタ→ 針先
マイクロフォンを使用し、真空管増幅器(アンプリファイア)で音声信号を電気的に増幅し、カッターヘッドを電気駆動してワックス盤にカッティングする電気録音は1925年(大正14年)に完成実用化されたと記録されています。
初期の電気録音はワックス盤へのダイレクトカッティングですから、録音も一発勝負なんですね。失敗すればワックス盤を替えるか、削って録り直しということになります。後にアセテート盤を使用。

■エジソンの蝋管(ろうかん)とベルリナーの平円盤の違い
円筒:タテ振動で、音の振幅を溝の深さで刻んだ。(量産に不向きだった)
円盤:ヨコ振動で、溝のうねりで刻んだ。(複製が容易で量産に適していた)
エジソンの蓄音機の発明からSPレコードの歴史を辿るにはaudio-technica / Gallery Talkが写真入りで大変参考になります。
(株式会社オーディオテクニカ | 会社情報 | ギャラリートークwww.audio-technica.co.jp/corp/gallery/index2.html )

■レコード業界の動向など
●1918年まで、アメリカのレコード産業はビクターとコロムビアの独占状態でした。
しかし、この年Gennett Recordsが起こした独占禁止法の裁判でビクターとコロムビアは負け、その結果たくさんのマイナー・レーベルが誕生しました。

●アメリカでは、第二次世界大戦中から戦後にかけての数年間、あらゆる分野と同様に、音楽・放送(ラジオ・テレビ)の世界でも戦後の姿を見極めるべき動きがあったようです。即ち、大戦景気に伴う好況によって所得が倍増し、購買が上昇したこと。シェラック不足も、戦後急速に解消され、音楽の消費ブーム到来と市場の急速な回復は、新興レーベルにとってよい風向きとなり、メイジャーの「食べ残し分野」のレース・ミュージック(ブルース、R&Bなど)に注力し、人種的、階級的偏見をくつがえすビジネスの発展を見出したと推察できます。
●レコード業界の独立レーベル(Independent Label)の誕生ラッシュ。
主たるジャズ・レーベルは、1942:Apollo / 1943:Continental / 1944:King,Specialty,Savoy /
1945:Aladdin / 1946:Dial,Mercury / 1947:Atlantic,Regent,Discovery,Imperial など。
●この現象は、20年代初頭にマミー・スミス、マ・レイニーなど、優れたブルース・シンガーをはじめ、黒人ミュージシャンの多くの録音を残したレース・レコード(黒人市場をターゲットにしたOkeh,Paramaount,Gennett,Black Swan,Sunshineなどのレーベル)の活動によく似ているように思えるとされています。
●レース・レコード(黒人向けレコード)は、レコード会社(メイジャー・レーベル)も宣伝して売ろうとしてリストを作り、カタログ・ナンバーで区別していました。黒人ミュージシャンの録音はレース・レコードとして発売され、この方法は1940年まで続きました。

参考資料:ブライアン・ブリーストリー(著) 後藤 誠(訳)「Jazz on Record A Historyジャズ・レコード全歴史」
オリン・キ−プニュース & ビル・グラウアー(著)「A PICTORIAL HISTORY OF JAZZ」
Wikipediaなど